【週刊つぶやき】第44号/立ち直り・回復に関するつぶやき
ROAD事務局より、◇週刊つぶやき◇第44号をお届けします。
今回はテーマ【立ち直り・回復】です。
震災を機に起こった様々な出来事の中で、多くの方が傷を抱えることになりました。
まだ、前を向くなんてとても出来ないという方も、たくさんいらっしゃることと思います。
今回は、そのような状況の中で、ほんの少しでも、立ち上がって、前を向けたという方の声を集めてみました。
仕事をすること、当時のことを書き記すこと、近くの子どもと遊ぶこと、そして足湯の場で語らいあうこと、そうした瞬間が一人一人が回復へ向かうちょっとしたきっかけとなっているようです。
回復のプロセスに少しでも寄り添う、そんな支援がまだまだ求められています。
○あんた達みてるとねぇ、娘のこと思い出しちゃってねぇ。娘は津波で流されて死んだの。孫も流されたの。本当の一人ぼっちになっちゃった・・・泣きたくない時と泣ける時があるのね。これでもね、最近はやっとこうして外に出られるようになったのよ。ずっと閉じこもってたんだけどね。それではいけないと思って・・・足湯すると夜でもまだあったかいの。すごくいいのね。あったまるね~パワーもらうのかな。毎週来てくれて本当ありがたいわー私すごく冷えるから。ありがたいです。
(2012年1月21日 石巻・仮設 80代 女性)
○30年ぐらいラーメン屋をやっていたんだけど、お父さん(だんなさん)が(津波の前)死んじゃって、お店も流されて全部なくなっちゃった。集会所には1月から来るようになった。子ども(子どもは養女だそうです)も産んでなくて、価値がないから編み物でもやって・・・。ずっと仕事ばかりやっていたから、友達がいない。おしゃべりもお茶のみもうまくない。(編み物)みんな慣れているから早い。震災のこともみんな前に進んでいるけど、私はゆっくり。
(2012年2月5日 七ヶ浜・仮設 80代 女性)
○津波で宝石全部流されちゃって・・・。息子も夫も全員流されちゃったの。あと孫が1人高校生なんだけど、まだ見つかってないの。最近やっと人に会えるようになった。もう足湯ないのかと思ってたから嬉しい。すごく温まったよー。
(2012年3月18日 石巻・仮設 70代 女性)
○母はね、2年前に実家で誰にもみとられずに死んだのよ。もっと頻繁に連絡してればね。本当に後悔してる。それから1年で津波でしょ。お母さんの・・・声が聴きたくて、励ましてほしくてね。今でも携帯に電話してしまうのよ。(telに)出ても怖くないわよ。一緒に泣いてくれてありがとう。一か月に一度くらい来てもらえたら嬉しいんだけど、ごめんね、被災者ってだけでわがまま言って。
(2012年3月24日 陸前高田・仮設 50代 女性)
○家も何も流されてしまったけれど、家族は無事だった。水も電気もなく、こんな生活をするとは、思ってもなかったよ。今は民宿の手伝いをしている。夜11時過ぎまで働いていて疲れるけれど、忙しい方が気が紛れていいよ。
(2012年3月24日 釜石・仮設 50代 女性)
○あれから支援物資でえんぴつやらノートやらもらって、当時のことから今までのことを書いたり、名前書いたりしてね~。着替えが10日位なかったりね。食べ物が来ても服がね。津波がこうして来たのは・・・あれだけど、そうじゃなきゃ会えなかったんだもんね。こうして会えて良かったよ。生きてく活力になってるよ。
(2012年3月25日 陸前高田・仮設 70代 男性)
○こんな大変なことは二度といやだ。もう二度と経験したくない。やっぱ昔の人はすごい。海でお米を拾って鍋探してきて、たきぎで炊いた。私なんかじゃ駄目だった。箱崎には帰りたくない。見たくない。でもいっぱい話して聞いてもらえるうちに少し楽になってきた。話すことって大事ですね。
(2012年3月28日 釜石・仮設 30代 女性)
○1週間前から、家の近くを歩くようになった。そうすると健康になるんだよ。4ヵ月後に病院で検査あるから、それを目標にして元気になろうとしてるんだよ。薬を飲む必要がなくなるほど元気になったらどうだろう(笑)。震災でとても辛い思いをした。私は自分一人のことは自分で支える必要がある。
(2012年3月31日 気仙沼・公共施設 80代 女性)
○ビックパレットのときに足湯があったのは知っていたけど、そんな気分になれなかった。最近になって「桜見たいな」とか思うけど、あの頃は家に引きこもりたい気分だった。いやー、足湯ってこんなに気持ちのいいもんだったんだ。「絆カフェ」ができて本当によかった。ここに来れば離れ離れになった富岡の人とも会えるから。仮設と違って借り上げは支援があまりないから。
(2012年4月8日 郡山・支援拠点 60代 男性)
○自営業をやっていたから、ここの人はみんな同じ地域の人たちだよ。1年前はこういったカフェみたいな人が集まれるところがなかったから。けど、今は出来てきたから、人と人の交流の場ができた。よかった。こういった場所はとても重要なんだよね。仮設住宅にいると孤独で。人と人のコミュニケーションって本当に大切。年をとる度にわかってくるね。
(2012年4月8日 郡山・支援拠点 70代 男性)
○家も全部流されたから、前は自分もいっそ流されてしまえば良かったと思ってたけど、ボランティアの人とかに本当に助けられた。(隣で足湯をしていた男性とは)もともと近くに住んでいたけど、仮設でも隣同士になった。良かった。
(2012年4月28日 気仙沼・仮設 60代 男性)
○20代で半身不随になってしまった。3月11日から落ち込んだが、くよくよしているより前向きに生きるように心がけている。子どもはおらず、姉と二人住まい。近所の子どもたちと外で遊ぶことが一番の楽しみ。
(2012年4月28日 気仙沼・仮設 50代 男性)